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2014年5月の記事一覧


ツユクサ【露草】:Commelina communis
ツユクサ科ツユクサ属
朝咲いた花が昼になるとしぼむことが朝露を連想させることよりついた名前だとされています。その儚さ故か、古くから日本人に親しまれてきた植物で万葉集にもツユクサを詠ったものが9首存在するとのことです(月草という名前で詠まれています)。
見慣れた花ですが、よく見ると意外な発見が…。おしべ6本のうち上の方にある3本が円周率の「π」の文字に似ているのではないでしょうか?(笑)

梅雨時期の花が咲き始めたばかりだというのに、暑いですね。皆様、ご自愛下さい。


2014/05/31 17:50

 「いくつかのフレーズ」

 我が家にある、半分物置のようになったライティングデスクを片付けていて、広い引き出しの奥から出てきたファイルにふと目が留まります。一体何を綴じ込んでいたのだろうと他人行儀な興味でもって開いてみると、バリバリと互いに張り付いた古い名簿の隙間から小さな一枚の紙切れが出てきたのです。

『12歳になったらニッコリと新しい笑顔で言います。「こんにちは、R・Nです」って…。だって前のR・Nとは違うんです。新しいんです。だから心の中で言って下さい。目で言って下さい。言葉に出さなくていいんです。言葉に出すより、心や目の方が好きです。ガラス玉に光が通ります。だから心や目で言ってください。「こんにちは12歳の君。新しい君!」と…。』

 一体、ぼくの心のどこに仕舞ってあったというのでしょう。そのメモのような手紙を手渡してくれた時の彼女の、いつもよりほんの少し大人びた誇らしげな表情を不意に思い出します。と同時に、その手紙を大切にファイルに綴じ込んだ瞬間のぼくの心の振幅が手に取るようによみがえってきます。もう随分と昔のことであり、時効かなと思わないでもないのですが、名前は敢えてイニシャルに変えてあります。

 思えば、そんな風にして美しい、あるいは心を揺さぶる言葉の切れ端と出会うたびに、それらを大切に心の抽出しに仕舞い込んできたのでした。そのいくつかを紹介しましょう。


『学ぶということのたったひとつの証しは「変わる」ということである』
(『林先生に伝えたいこと』灰谷健次郎)

『容易に信じられることよりも、むしろとても信じられないようなことこそ信じなければならない』
(『ユタとふしぎな仲間たち』三浦哲郎)

『たとえば秋の落ち葉一枚に
 たとえば夏の強すぎる陽に
 たとえば たとえば 自分にも
 やさしくなれるような気がします
 弱さの裏返しのやさしさではなく』
(岩崎ちひろ絵本美術館の落書き帳『ひとこと・ふたこと・みこと』からの抜粋)

『何に感謝をしよう
 わたしに
 この素晴らしい仲間たちを与えてくれたすべてのものに…』
(『生徒諸君!』庄司陽子)

『学ぶとは誠実を胸に刻むこと
 教えるとは共に希望を語ること』
(ルイ・アラゴン)

『いつも 明日会うつもりで別れ
 昨日別れたばかりのように会えたら最高だね』
(『ぼくらの世界』あとがき 栗本薫)

『わるいこころに うちかつこころ』
(小学校時代好きだった女の子の卒業アルバムへの寄せ書きのことば)

『出会って、そして別れていくことの哀しみより、出会うことのかなわない悲しみの方が深い』
(いつか小6の女の子の悩みに答える形でノートの片隅に書いたことばの切れ端。書いたことすらすっかり忘れていたぼくのもとに6年ぶりに届いた彼女からの手紙。そこにこの言葉と共に書かれていた「よくわからないまま大切な意味を伝えていそうな気がして大切にとっておいた言葉が、今になってわかりかけてきた気がします」という彼女の言葉が嬉しくて、その瞬間にぼくの心に居座ってしまったぼく自身の言葉)


 書き出せばきりがありません。そんな風に、いくつものフレーズが静かにぼくの中で息づいているのです。
 古代日本では、言霊信仰といって、言葉の中に宿っているという神秘的な霊力が信じられてきました。言葉のエネルギーは、確かに正にも負にも計り知れません。言葉が人を傷付け、時に人の心を死に至らしめることもあるでしょう。けれどまた、こうして人の心を育て、人を生かしめる言葉が確かに存在するのです。
 みなさんの心の中には、誰から伝えられた、どんな風に出会った、どんな言葉が大切にしまわれていますか?
2014/05/31 17:33

トケイソウ【時計草】:Passiflora caerulea
トケイソウ科トケイソウ属
南米原産の蔓性植物です。トケイソウの仲間は400種以上あるそうです。不思議な造形の花なので、いつも見入ってしまいます。
日本にはじめて入ってきた種は、画像の種・パッシフローラ・カエルレア〔P. Caerulea〕で、江戸時代中期の享保年間のことだそうです。トケイソウの仲間では、現在日本で最も普及している種のひとつです。
2014/05/24 10:36

「ケータイが照らす新しい自分」

 突然の暗闇。
 一瞬にして館内の照明がすべて落ちた。
 生徒たちが夜の自主学習に入ってわずか30分後のことだ。

 四校舎合同で開催された清里での第一回サマーセミナーは既に三日目を終えようとしていた。一日の授業を終えて、夕食と温泉入浴の後、ここ清里の公民館へ移動した。学年毎に三つの会議室に分かれて午後9時から始まった自主学習はそうしてわずか30分で中断を余儀なくされたのだった。
 光に慣れきった目は、闇の中に確かに存在するはずの様々なものたちの像を結ばない。だが、ざわついたのはほんの一瞬で、それぞれの課題に既に集中し切っていた生徒たちは、動じることなくその暗闇の中で静かに復旧の時を待った。
 近隣の住宅の灯りは煌々と点っていて、地域的な停電でないことは容易に判断できた。が、事態は思いのほか深刻で、玄関脇のブレーカーは予想に反してONのまま、ヒューズも飛んではいないという原因のわからない停電。ブレーカーのスイッチをすべて入れなおしてみたが灯りは一向に点る気配も見せない。
 スタッフの幾人かが事態の復旧に奔走する中、放ってはおけない生徒の様子を確かめようと小学校6年生の自習する会議室を覗いたスタッフの間に衝撃が走る。直ちに復旧しない明かりを待ちかねた生徒たちは、宿舎への夜道に備えて携帯していた懐中電灯の明かりを点して、自主学習の続きを始めたのだ。それは異様な光景だった。どう考えてみても普通ではない。国立や私立の中学校に進学するために塾に通う、恐らくはこれまで苦労らしい苦労など知らず、充分に恵まれた環境の中で育ってきたに違いない小学生たちが、今、互いの顔も判らない暗闇の中で懐中電灯の明かりだけを頼りに文字通り自主学習を進め、目に見えない何かを乗り越えようとしている。
 同じ頃、総勢64名の中学生を収容した大会議室にも懐中電灯の明かりが灯り始める。そうして闇の中に走るシャーペンの音に決意を迫られた生徒達が、あるいは友達と一本の懐中電灯の明かりを分け合い、あるいは携帯電話の待ち受け画面のわずかな明かりの中で、自主学習を再開し始める。偶然にも往路のバスの中で行われたクイズ大会の賞品が「光るブレスレット」であったことを思い出した国分寺スクールの生徒が、その数本を取り出して、明かりのない生徒に配り、幾人かが夜光塗料の放つ緑色の淡い明かりを頼りに負けじと勉強を始める。
 東京電力に電話を入れて指示を仰ぐが効果はなく、復旧作業を要請したが到着まで1時間弱かかるとのことで、無念ではあるもののその時点で学習の継続を断念し、輸送用にチャーターしてあったバスの到着を待って小学生から順に宿舎へ帰すことにする。
 後でわかったことだが、原因はやはりブレーカー落ちということらしい。ただしそれは館内のブレーカーではなく、鍵がかかってでもいるのか扉を開けることすら出来なかった外の電柱に設置された配電用のブレーカーだったのだ。

 「学ぶということのたったひとつの証しは『変わる』こと」
 セミナーの開会式でぼくはそう言った。
 それは多分に「変わらなければ学んだことにならないのだ」という意味を含んだ言葉だった。「変わって欲しい」「成長して欲しい」という願い。けれども、そんな心配は無用のものであったと今になって知る。「学べば変わっていくのだ」と、どうして初めから生徒達を信じることが出来なかったか、と反省することしきり。
 「ケータイが照らす新しい自分」というタイトルは、実はサマーセミナーの最終日に女生徒の一人が書いた感想文の題名である。集まった感想文の多くが、三日目の停電こそが自分を変えていくはっきりとした契機となったことを告げていた。
 結局最後まで復旧せずに終わった三日目の自主学習時間。けれどもあの闇の中で、一人一人が自分自身を見つめ、自分自身と闘い、目に見えぬ何かを乗り越えようとし、そうして確かに変わっていったのだ。
 それは、或いは幼虫が蛹になったという程度のことだったかもしれない。けれども、やがてくる春の日に立派に成虫となって羽ばたくための確実な一歩であったことは疑いない。いつか、この夜のことを振り返る日が来るだろう。ケータイの小さな小さな灯りに照らされて歩き始めた新しい自分を確かに感じながら…。

 付け加えておくならば、劇的に変わっていく生徒の姿は、また我々講師をも変えていくのだ。あの、ぽつりぽつりと明かりの点った、しんとしてシャーペンの走る音だけがする暗闇の会議室を目の当たりにして心の震えを禁じえなかったぼくは、その瞬間と、そして感想文を読みながらの二度にわたって、目頭が熱くなるのを抑えることが出来なかった。
2014/05/15 15:22